生きた証を遺すこととデジタル遺産

こんにちは、かおらべ(@kaorabe)です。
今日は最近良く考えるようになった件について書きます。

生きた証を遺すこと

生きた証を遺したい、と考えている人が結構多いように感じています。
身近に居るので、そう思わされるのかな。

そういつも言っているのは、わたしの実母(80)。
彼女は変わっていて、お金があったら運用するか事業をするかしないと、と日がな言っていてこちらはヒヤヒヤしてしまいます。

そんな彼女ですが、「生きた証を遺したい」とは言っていました。終活・エンディングノートとかの話をちょくちょくするのですが、繰り返しその言葉を使っていました。

そういうわたしも、生きた証を遺したいと思っています。ブログを死後も遺したいと思って最初WordPress.comを使っていたけど、結局レンタルサーバーにWordPressを建てて移行してしまいました。レンタルサーバーは課金終了したら終了だから、避けようと思っていたのに。

でもブログサービスもサービス終了のリスクがあるから、永続的なものではないですよね。ですよね。
死んでも遺るものって何かなと思ったときに、最適なのは「書籍」かなぁと。結局、まだ「カタチのあるもの」に価値を見出しているということかもしれない。

でもその、「カタチのあるもの」を重視する価値観古くない?とも思う。修士で研究していた頃の相方が、もう15年以上前に「すべてはクラウドになる」って予言していたけど、現実化してるもんね。すごいよな。

クラウドに置いても、課金終了したら終わる。永久無料で永続的に続くアーカイブというのは存在していないのではないかと思ってしまう。仕方ない、アーカイブの保持にもコストがかかるからね。

デジタル遺産の承継について

そこで、考えるのが、そういうデジタル遺産を「相続」してもらうこと。…ただ考えてしまうのは、例えばブログを死後も生かしておいてほしいとかいう願いは、子孫にとってかなり重たいのではないかと。ただの負債でしかないし、そもそもWordPressのメンテナンスもしないといけない。

クラウドストレージにたくさんデータを置いているけど、継承して維持してもらうには容量増量のための課金が必要。

だから生前にデータを整理して、必要なものだけを承継するようにしないと禍根を遺すのではないかと思ってしまうわたしです。

参考:デジタル遺産へのApple、Google、Facebookの対応について紹介しているブログ記事↓

第62回:「インターネットは半永久的に残る」神話の崩壊
「インターネット上にあるものは半永久的に残ります」と昔からしばしば言われます。

おわりに

デジタル遺産についての本が図書館にあって借りたのに読めなかった過去があります。でもそろそろ自分の遺産についても、親の遺産についてもどうしていくのがいいのか向き合っていかなくてはいけないなあと思います。

「こんなサイトが参考になるよ!」などの情報があればコメントやTwitterなどで気軽に教えて下さい。

お読みいただきありがとうございました。以上、かおらべ(@kaorabe)でした。

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